石原元都知事会見から、中国古代政治家の発言を見る

意図的に政治的な話題は避けるようにしていますが(昔はもっと言いたい放題だったのですが…苦笑)、たまには少し政治的な話でも書いてみようかと思います。と言っても難しい話ではなく、今回の会見を基に歴史上の人物の発言を見てみようという試みです。

石原元都知事が築地・豊洲問題で会見を開きましたが「専門家の判断に従ったまで。」という趣旨の発言をされ「無責任だ!」と非難を浴びています。

まぁ、さすがに「何も知りませんでした。」では済まないでしょうが、個人的にはやむを得ないような気がするよなと思わなくもないです。そう思ったのは、昔に似たような話をどこかで聞いた事があるなと思ったからです。

改めて調べてみたところ、楚漢の戦いの時の参謀、陳平の言葉でした。【陳平の詳細はWikipediaに任せる】として、ここでは一部を引用させてもらいます。
(前略)
呂氏粛清後に周勃と共に丞相になった際、文帝が周勃に「一年間に何回裁判が開かれているのか?」と尋ると周勃は答えられなかった。文帝が「では一年間の国庫収支はどのくらいか?」と尋ねたが、周勃はそれにも答えられなかった。

文帝が陳平に尋ね直すと陳平は「裁判に関しては廷尉が、国庫収支については治粟内史が居ります。この者たちを召しだしてご下問ください」と答えた。文帝が「専門の者が居るのはわかったが、ならば丞相とは何が専門なのか」と聞くと陳平は「丞相の役目は上は天子を補佐し、下は外敵に目を光らせ、諸侯を慰撫し、万民を手懐け従わしめ、各々の役目を全うさせることです。局部的な区々たることに関わるのが役目ではございませぬ」と答えた。文帝は「よくわかった。見事な答えだ」と陳平を褒めた。

後で周勃が陳平に「なぜ陛下が質問される前にああいう答え方を教えてくれなかったのか」と問い詰めると陳平は「自分の役目を知らないのか。君はもし陛下が長安の盗賊の数を聞いてきたら、それにも答えたいというのか?人間は全てを知る事は出来ない。だから専門家が居る。我々の専門とは先ほど陛下に申し上げた事だよ」と笑いながら言ったという。
(後略)

石原元都知事が仰りたかったのは、要はこういう事なんじゃないかなぁと想像してみたり。
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