数学の話

ブログをやっているのは「文章力を付ける」事が当初の目的だったので、別に旅行記だけに留まらなくても良いはず。という事で、たまには違う分野の事も書いてみようと思います。



昨日ですが、Twitterで「tanθの値が分かっている時、cosθとsinθの値はいくつになるか?」という問題が回ってきました。回答をざっと見ていると難しい公式を使って解こうとされている物もありましたが(もちろん、それでも正解に辿りつけます)、実は図を書いたら一発で分かります。

tanθの値からcosθとsinθの値を求めよ
(クリックすると、大きい画像を開きます)

(1)tanθの定義から直角三角形の斜辺を除く長さが分かります。
(2)すると三平方の定理から斜辺の長さが分かります。
(3)後はcosθとsinθの定義から一発!

数学の問題を考える時は「いったいどういう状況なのか?」を図に表してみる事が大事だと思います。



さすがにこの問題だけで終わってしまうとネタとしては苦しいので、もう少し数学の話を続けてみようと思います。何をテーマにしようかと考えましたが、何となく「ゲーデルの不完全性定理」を選んでみます。

最初に言っておきますが、私は数学が得意な訳でもありません。ましてや数学でメシを食べている訳でもありません。記述レベルの低さから「そんなもん、見たら分かるわい!」となりそうですが。

最近のネットは便利で、ゲーデルの不完全性定理で調べると【Wikipediaに詳細な記事が書かれています】。曰く…

第1不完全性定理
自然数論を含む帰納的公理化可能な理論が、ω無矛盾であれば、証明も反証もできない命題が存在する。

第2不完全性定理
自然数論を含む帰納的公理化可能な理論が、無矛盾であれば、自身の無矛盾性を証明できない。

これを読んで「なるほどね!」と言える方は凄いです。私にはほとんど分かりません…では記事になりませんので、もう少し噛み砕いて概略を説明してみます。

よく不完全性定理を基にして「人類の知性には限界がある事を証明した!」と言われる事があります。

物凄くザックリと言いますと、世の中には「正しい」とも「間違っている」とも判定できない問題が存在する。従って、人間には分からない事がある、人間の知性には限界があるのだ!という筋書きです。

私も残念ながら人間が宇宙全ての事を知る事ができるとは思っておりませんが(大統一理論の完成を見てみたい、宇宙の起源を知りたい!とは思いますが)、実はゲーデルの不完全性定理はそういった事を述べているのではありません。

ゲーデルの不完全性定理はあくまで「数学の」定理であり、ある公理系においては「ω無矛盾であれば、証明も反証もできない命題が存在する」と述べているのです。ω無矛盾とは?命題とは?という事はまずはさておきましょう。

公理とは何か?ごくごく簡単に言いますと「誰もが当たり前に思っている事」です。

例えば、みかん1個とりんご2個があった時、果物は全部で1+2=3個あります。では、みかん2個とりんご1個だった時は?2+1=3個です。つまり、以下の法則が成り立つと言えます。

1+2=2+1

何だ、そんなの当たり前じゃん!と思うなかれ。もう少し抽象的に書いてみると、ある数a、bが存在する時

a+b=b+a

です。我々の住む世界ではみかんやりんごという具体的な数で考えると当たり前に思える事ですが

a+b≠b+a

と、足す順番を入れ替えると両者が一致しない場合も考える事ができるのです。我々の住む世界とは違う世界(異なる「公理系」)が存在するという事です。



公理系は色々と考える事ができます。泥でできた団子が左の箱にa個、右の箱にb個入っており、それらをまとめたとすると

a+b=1

という公理系もありえるかもしれません。ただし、この公理系が有用か?自然科学や数学の問題を解くのに役立つか?は別の問題です。

三角形の内角の和は180度と思われています。実はこれはユークリッド幾何学という公理系であり、三角形の内角の和が180度にならない公理系もあります(非ユークリッド幾何学)。嘘だぁ!とお思いでしょうが、球面に三角形を張り付けた所を想像していただけると分かりやすいかもしれません。



ゲーデルの不完全性定理に戻りましょう。第1定理も第2定理も「自然数論を含む帰納的公理化可能な理論ならば」という文言から始まっています。これが意味するところは、自然数論を含む帰納的「公理」が成り立つ世界ならば(自然数論って何?帰納的って何?は置いておくとして)、以下の事が成り立つよ~と述べています。

つまり、ゲーデルの不完全性定理は「俺、こういう約束事(公理系)Aを決めた。その時、こんな事が言える。」と言っているのです。という事は「確かに約束事(公理系)Aを基にしたならば、分からない問題があるよね。だけど、約束事を変えたら(公理系B)、分かるんじゃないの?」という反論が出てきます。

実際にこれは正しい指摘で、歴代の偉大な数学者たちは問題を解決するために公理系を広げてきた歴史があります。最初は果物の数を数える1、2、3…という数(自然数)から始まり、0の概念に広げ、数が不足しているという事を現す-1、-2、-3…という数を加えていった、という歴史があります。さらには有理数、無理数、虚数、超越数…なども加えられていきました。

ゲーデルの不完全性定理は「ある公理系では分からない事がある。」事を示した素晴らしい業績ですが、逆に言えば「ある公理系で分からないならば、より発想を広げれば分かるようになるかもしれない。」事を示したとも言えます。私は「人類の知性には限界がある。」のではなく、逆に「人類の知性にはさらに広がる余地がある。」事を信じたいと思っています。
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